No.29ブラジルサントス港(ブラジル)神戸港

明治四十一年、第一回の日本移民781人を乗せた笠戸丸は、この神戸港からブラジルへ出た

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

この神戸港から、明治四十一年(1908年)、第一回の日本移民を乗せた笠戸丸かさとまるが、ブラジルへ向けて出ました。

移民は781人。164の家族でした。

船は52日の航海の末に、ブラジルのサントス港に着きます。

From this port of Kobe, in 1908, the forty-first year of Meiji, the Kasato Maru set sail for Brazil, carrying the first Japanese emigrants.

There were 781 of them, in 164 families.

After a voyage of 52 days, the ship reached the port of Santos in Brazil.

Deste porto de Kobe, em 1908, o quadragésimo primeiro ano da era Meiji, partiu para o Brasil o Kasato Maru, levando os primeiros imigrantes japoneses.

Eram 781 pessoas, em 164 famílias.

Depois de uma viagem de 52 dias, o navio chegou ao porto de Santos, no Brasil.

日本の外務省の『移民調査報告』は、サンパウロの新聞の記事を訳して、こう伝えています。

第一回の日本移民を乗せた笠戸丸かさとまるが、サンパウロ州に着いた。

船は神戸港を出たあと、シンガポールとケープタウンの二か所に寄っただけだった。

そして「五十二日間ノ航程」、52日の航海で、無事にサントス港に着いた。

移民の数は781人。

皇国移民会社がサンパウロ州政府と契約した三千家族のうちの、第一回の移民だった。

781人は、164の家族からなっていた、と。

それからのち、2014年に、日本の外務大臣は国会で、ブラジルの日系社会をこう呼んでいます。

「百六十万人と言われる世界最大の日系社会」。

その始まりの781人が、この港から出ていきました。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

外務省通商局『移民調査報告 第2回[其1]』(明治41〜44年)一次史料

国会会議録 衆議院外務委員会 2014年5月14日 岸田文雄外務大臣の答弁

  • 百六十万人と言われる世界最大の日系社会の存在
    発言番号97

国会会議録 参議院外務委員会 1961年10月10日 佐藤日史外務参事官の答弁

  • 明治四十一年に笠戸丸でブラジルに行きましたわが移民
    発言番号2
FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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