No.46アメリカ台場公園(第三台場)

お台場 — ペリーの艦隊が来たあとに築かれ、一度も使われなかった砲台

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

いま立っているこの島は、砲台です。

ペリーの艦隊が来たあと、江戸の海に築かれました。

そして、一度も使われませんでした。

The island you are standing on is a gun battery.

It was built in the bay after Perry's fleet arrived.

And it was never once used.

東京市が昭和二年に編んだ『品川臺場しながわだいば』という本が、その経緯を残しています。

一番から三番は嘉永かえい六年の八月に起工し、九か月で翌年四月に完成しました。

五番と六番は嘉永七年に起工し、その十一月に完成しています。御殿山下ごてんやましたの台場も、同じときに完成しました。

しかし、そこまででした。

本にはこうあります。「下臺場と都合六箇所完成した計ばかりで、」。

完成したのは、御殿山下台場を含めて六箇所だけです。残りは工事が止まるか、着手されないまま終わりました。

途中で止まったのは四番と七番の台場だと伝えられています。

そして、この砲台は一度も使われていません。

「折角せっかく築造はせられたが之れこれを使用しなかつた」と本は書きます。

その本が書かれた昭和二年の時点で、江戸の守りの史蹟しせきのうち残っているのは品川台場だけだと書いています。

歩ける場所として残ったのは第三台場だと伝えられています。

第六台場は、いまも海の上に保たれていると伝えられています。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

品川臺場

「台場の歴史」(海上公園なび お台場海浜公園&台場公園)

  • 当時の面影をしのばせる第三台場/(第六台場は)自然豊かで学術的にも貴重な史跡として海上に保全されています
    「品川御台場その後」(2026年9月26日閲覧)
  • 1926(大正15)年10月/第三・第六台場が国史跡に指定
    「年表」(2026年9月26日閲覧)
  • 1928(昭和3)年7月/第三台場が都市公園「台場公園」として開園
    「年表」(2026年9月26日閲覧)

大東京史蹟案内(一高史談会 編・育英書院・昭和7年)

  • 一·二·三番は八ヶ月を經て翌安政元年四月に竣工し、五·六番及び洲崎臺場は同年十一月竣工した。四番·七番は工事半にして神奈川條約を初め諸國との通商條約が締結されたので、四番は七分通り、七番は海中埋立のみで中止され、他は全然着手されなかつた
FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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