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No.78オランダ東禅寺(高輪)

オランダの船が品川の沖に着き、使節は高輪の東禅寺に泊まった

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

安政六年(1859年)四月朔日ついたち、オランダの船が品川の沖に着き、その使節は、この高輪の東禅寺に泊まりました。

『武江年表ぶこうねんぴょう』という記録は、これを、オランダの船が江戸へ来た始めだと書いています。

On the first day of the fourth month of the sixth year of Ansei (1859), a Dutch ship arrived off Shinagawa, and its envoy stayed here, at Tozenji Temple in Takanawa.

A Japanese chronicle, the Buko Nenpyo, writes that this was the first time a Dutch ship came to Edo.

Op de eerste dag van de vierde maand van het zesde jaar Ansei (1859) kwam een Nederlands schip aan voor Shinagawa, en de gezant logeerde hier, in de Tozenji-tempel in Takanawa.

Een Japanse kroniek, de Buko Nenpyo, schrijft dat dit de eerste keer was dat een Nederlands schip naar Edo kwam.

『武江年表』の言葉は、こうです。

「四月朔日、阿蘭陀おらんだの舶ふね品川沖へ着す、使節高輪東禪寺に逗留とうりゅうす、蘭船らんせん江戸へ來るの始なり」

使節が江戸を発ったのは、五月の末のことでした。

同じ四月朔日のことを、『維新史料綱要いしんしりょうこうよう』は、オランダの軍艦「バーリー」が品川に入り、六日に去った、と書いています。

この軍艦が使節を乗せていたかどうかは、どちらの記録にも書かれていません。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

増訂武江年表一次史料

維新史料編纂事務局『維新史料綱要』(安政五年七月〜文久元年十二月の巻)

FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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