No.30タイ高砂(兵庫)歌舞伎座

天竺徳兵衛 — 郷里の地誌に残る渡海の記と、歌舞伎の妖術使い

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

歌舞伎に「天竺徳兵衛てんじくとくべえ」という妖術使いが出てきます。

父から蝦蟇がまの妖術を授かり、日本を覆そうとした父の企てを継ぐ男です。

その名前の元になった人は、海を渡り、メナムの河口まで行った、と伝えられています。

In kabuki there is a sorcerer called Tenjiku Tokubei.

His father passes him the magic of the toad, and with it the plot to overturn Japan.

The man whose name he borrowed is said to have crossed the sea as far as the mouth of the Menam River.

ในละครคาบุกิ มีพ่อมดคนหนึ่งชื่อ "เท็นจิกุ โทกุเบ"

เขาได้รับเวทมนตร์คางคกจากพ่อ และสืบทอดแผนการของพ่อที่จะล้มล้างญี่ปุ่น

กล่าวกันว่า ชายที่เป็นต้นเค้าของชื่อนี้ได้ข้ามทะเลไปจนถึงปากแม่น้ำเมนาม

播磨はりまの高砂たかさご、いまの兵庫県にある港町です。

その土地の地誌ちし『高砂誌』に、この人の一節があります。

慶長十七年(1612年)、高砂の船頭町の生まれ。父は赤穂屋あこうや徳兵衛といいました。

寛永かんえい三年(1626年)の十月、長崎の福田を船で出て、六か月かけて天竺てんじくの摩迦陀まがだへ渡ります。

一年滞在し、寛永五年(1628年)の八月に長崎へ戻りました。

さらに一年後、オランダ船に乗って、もう一度天竺へ向かいます。

この二度目の渡航で、メナムの河口まで行った、と地誌は書いています。いまのタイです。

郷里の寺には、彼が寄進きしんした多羅葉たらようの経文が伝わる、とも書いています。

ただし、この地誌が編まれたのは、ずっとあとの時代です。

どこから聞いた話なのかは、書かれていません。

確かなのは、こちらです。

彼の名を題にした歌舞伎の台本が、版本はんぽん、木版で刷った本として今も残っています。

そこでの徳兵衛は、父から蝦蟇の妖術を授けられ、その志を継いで人をつけ狙い、失敗する男です。

海を渡ったと伝えられる人が、舞台の上では妖術使いになりました。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

『天竺徳兵衛韓噺』4巻(円寿堂丸屋甚八)版本一次史料

『高砂誌』(高砂協賛会)第五章人物 第一節 天竺徳兵衛

『日本文学大系』第23巻(河出書房、昭和13年)歌舞伎篇

FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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