No.42オランダ両国広小路跡(西両国)

駱駝らくだが来た日 — 絵本の嘘が、実物でばれた

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

江戸の人たちは、ラクダを絵でしか知りませんでした。

その絵は、こぶを二つ描いていました。

1821年、本物が長崎に着きます。運んできたのは、あなたの国の船でした。

The people of Edo knew the camel only from pictures.

Those pictures gave it two humps.

In 1821 the real animal reached Nagasaki, carried there by a ship of your country.

De mensen van Edo kenden de kameel alleen van plaatjes.

Op die plaatjes had het dier twee bulten.

In 1821 kwam het echte dier aan in Nagasaki. Het was een schip van uw land dat het bracht.

長崎側の記録は、こう書いています。

「蘭船アラビヤ、メッカ産駱駝牝牡を輸入す」。

オランダ船が、牝と牡を一頭ずつ運んできた、と。

江戸の記録のほうは、ペルシャの産と書いています。どちらの産かは決まっていません。

ところが幕府は、この二頭を用いませんでした。

長崎の記録は続けます。「幕府の用品とならざるを以て蘭通詞に贈る」。

使い道が無いので、オランダ語の通詞に贈られたのです。

通詞は返礼に織物を贈りました。

その二頭が、江戸へ下ります。

両国橋の西詰にしづめの広場で、見世物になりました。

高さ九尺、長さは二間にけんほど。牡おすは八歳、牝めすは七歳。

見料けんりょうは三十二銅さんじゅうにどうで、人々は押し合って見たといいます。

その中に、斎藤月岑さいとうげっしんという人がいました。

江戸の出来事を書き留めていた人です。

彼はこう書きました。

「予よ此時このとき眞物しんぶつを看みて、和漢三才圖會わかんさんさいずえ橘守國たちばなもりくに等が繪本えほんにあらはす所の虛きょなる事を知る」。

このとき本物を見て、絵本の描いていたものが嘘だと分かった、と。

背中のこぶが鞍のようだ、という古い説明から、絵本はこぶを二つ描いていました。

本物は、こぶが一つで、しかも高かった。

見なければ分からないことでした。

狂歌も残っています。

「くびは鶴脊中せなかは龜の甲に似て千秋らくだ万歲らくだ」。

そして四十一年後。

同じ両国橋の西詰に、また「駱駝」の見世物が出ました。

月岑は、こう書き留めています。

「眞しんの駱駝には非あらずとぞ」。

本物ではないそうだ、と。

本物を見た人が書き留めた、四十一年後の一行です。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

増訂武江年表一次史料

増補長崎畧史 下巻(長崎市・大正15年)

FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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