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No.61外国人共通上野公園

上野の山を開いてすぐ、東京府は外国人も来ると書いて問い合わせた

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INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

この上野の山が、人々に開かれたばかりのころのことです。

開いてすぐ、東京府は政府に一つ問い合わせをしています。

馬に乗ったまま、山の中を歩かせてよいか。日本人だけでなく、外国人も来るので、と。

This is from the days when the hill of Ueno had only just been opened to the public.

Soon after it opened, the Tokyo prefecture put a question to the government.

May people ride through the hill on horseback? Not only Japanese, it said, but foreigners too will be coming.

明治元年(1868年)の五月十五日、政府の軍が、この山で彰義隊しょうぎたいを討ちました。

山の中の堂の多くが、そのとき兵火へいか、戦の火にかかっています。

翌年の二月十三日、東京府は、山の中に建てる札を四枚、急いで作らせました。

「當山の櫻樹、一枚たりとも折へからさるもの也」。

この山の桜は、一枚たりとも折ってはならない。

翌十四日から、上野の参詣と花見が許されます。

「日每に遊觀ゆうかん多し」と記録は書いています。日ごとに、見て回る人が多かった。

二月二十二日、東京府は政府の弁事べんじに問い合わせました。

馬に乗ったまま山の中を歩いてもよいか。

「右ハ御國人而已のみニ不限、外國人モ罷越まかりこし候義ニ付」。

日本人だけでなく、外国人も来るので、心得を知っておきたい、と。

答えはその日のうちに出ています。差し支えない。

翌二十三日、東京府は、三つの箇条を諸藩や兵隊に知らせたい、と申し出ました。

山の中で刀を抜かないこと。喧嘩や口論を慎むこと。

桜の枝も、ほかの木の枝も、折り取らないこと。

徳川家や諸藩の墓所に、立ち入らないこと。

けれども、政府の答えは違いました。

布達ふたつするほどのことではない。山の入口ごとに、制札せいさつ、立て札に書いて掲げておくほうがよい、と。

外国人が実際にこの山へ来たのかどうかは、この記録からは分かりません。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

東京市編『東京市史稿 遊園篇第四』(東京市、昭和7年)

FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

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