ガイドネタ帳 › 首都圏 › 上野公園 › No.72 外国人共通
No.72外国人共通上野公園

徳川家は、墓地の南の広場を代金を受け取らずに陸軍省へ差し出した

PDF は準備中です
最終確認前この話は、印刷用の PDF を準備しています。文はこのページで読めます。
INTRODUCTION ・ はじめのひとこと

お客様がいま立っているこの上野の山で、明治のはじめ、陸軍省が、徳川家の歴代の墓地の南の広場を求めました。

相応の代金で買い上げるので、差し支えがあるかどうかと、値段を申し出よ、というのです。

徳川家の答えは、代金は受け取らない、というものでした。

Here on this hill of Ueno, where you are standing, in the early Meiji years, the Army Ministry asked for the open ground south of the Tokugawa family's graves.

It would pay a fair price, it said, and asked the family to say whether there was any objection, and what the price would be.

The Tokugawa family's answer was that they would take no money.

陸軍省の達たっしを受けて、徳川家達とくがわいえさとは、壬申じんしんの年の十月に答えています。

絵図面に朱で引いた場所は、差し支えありません。

ただ、この土地は、まったく墓所のために下された土地です。

ですから、御用になるのなら、「代價拜受不仕はいじゅつかまつらず」、代金は受け取らず、そのまま差し上げたい、と。

陸軍省は、その書面に朱で書き込みました。

書面の趣は聞き届けた。

明十九日の十一時に、受け取りのため役人を差し向ける。徳川家の家令かれいか家扶かふ、家の事務を預かる者が立ち会って、引き渡すように、と。

翌月の十一月、徳川家の家令の溝口勝如みぞぐちかつゆきが、朱書しゅがきのとおりに引き渡した、と届け出ています。

願いで終わらず、土地は実際に引き渡されたのです。

RECORDS ・ 記録の言葉

この話のもとになった記録の言葉です。ページは、その本に刷られたものです。

東京市編『東京市史稿 遊園篇第四』(東京市、昭和7年)

FOR GUIDES ・ ガイドのかたへ

PDF の後半 2 ページはガイド用です。読み上げる台本、語り方のコツ、事柄ごとに「どこまで言い切ってよいか」、記録の言葉と原本の切り出しが載っています。お客様用の面の裏に来ないよう、両面印刷で組んであります。

リストに保存